愛すべき留学生達

今年度入学してきた日本語学科留学生は70名だが、管理体制を強化したことも手伝って、脱落者はゼロ!出席率80%以下もゼロという状況を維持している。先日、社会見学の日は、あいにくの雨でかなり残念に思ったのだが、留学生はそんななかでも超ハイテンションで風と雨の中、立山室堂の散策コースを練り歩いていた!この子達の生きる力とポジティブ魂に感服!日々この子達と接するのがとっても楽しい。愛すべき留学生たちなのだ。よりよい環境を提供してあげて、10月に来る学生達のためにもしっかりサポートしてあげよう!
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# by oritaraakan | 2017-09-14 14:56 | 徒然日記 | Comments(0)  

落合陽一「超AI時代の生存戦略」大和書房

副題は「2040年代シンギュラリテイに備える34のリスト」とある。
世にあふれるテクノフォビア(テクノロジー恐怖症)を煽る報道に異議をとなえている。AIが将来人間から仕事を奪うというものだ。これらの報道は恐怖をあおって衆目をあつめてPVの増加を狙っているというのが著者の見立てになっている。時代は確かにテレビに代表される「集団への体験共有」の時代から「個人の能力拡張」へ大きく舵がきられた。それによって働くことのステータスや考え方も当然変わってくる。この大きな変化はどういう変化なのかを著者は自説をふまえて主張している。キーワードは「ワークアズライフ」つまり、ワークライフバランスといった仕事と余暇を切り離して考える常識はもうすぐ過去になるということなのだ。簡単にいうと自分のキャラクターをいかした趣味生活と仕事が一体となった働き方が「選ばれる個人」をつくり、それが主流になっていくという。「こうなければならない」といった社会的通念はデカルトの「心身二元論」に端を発し、当然の如くいわれ続けてきた。これはレッドオーシャン主流の時代に常識であった「固定のパイの奪い合い(競争)」であり、今後ブルーオーシャン時代の「個のパイの拡張(未開拓市場への進出)」にはそぐわない。「人間らしく」なんてことも一定の答えがなくなる時代が目の前にきているということなのだ。俺もここまでは自覚していた。「べき論」の終焉が近づいているってころだろう・・。しかし、その先が大事だった。自分がやりたい分野、専門としている分野において「この世界で誰が何をやっているかを調べ続ける」「自分に関係のある政治にアンテナを張っておく」「あらゆる分野にフックをかけておく」という作業を怠ってはいけない。そして最低限の技術の習得、時代をよみとくことも然りだ。スペシャリストになることが前提、ニッチから探し、ニーズを読み解いて前に進むという戦略だ。何らかの分野で1番になること!タフな頭が必要だ。また、タフな頭をささえる肉体の鍛錬、特に筋トレが必須という点にかなり共鳴した。この本を読む2週間前に読んだ「インターネットの次にくるもの」を書いたケヴィン・ケリー氏との対談が本著のきっかけになったという下りがあり、われながら偶然の必然性に驚いた!最後に著者は意味深なことを言っている。
「古典的人間性とデジタル人間性の衝突は、創世記のバベルの塔の話のようになるかもしれない」
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# by oritaraakan | 2017-09-05 00:27 | 読書ログ | Comments(0)  

喜多白浩「イムジン河物語」アルファベータブックス

俺は全く知らなかったし、関心も持っていなかったのだが、県民カレッジでの講座で「離別」といったテーマで材料を探していてこの歌にたどり着いた。調べてみると実に多くの背景があって面白かった。もともとこの歌は1957年に北朝鮮でソプラノ独唱曲として生まれた。名前は「リムジン江」である。しかし、当時は威勢の良い軍隊曲ばかりが奨励される時代であったため、この歌は全く知られることなく葬り去られた。ところが1968年、「帰ってきたヨッパライ」で一世を風靡していたフォーク・クルセイダーズ(以下、フォークル)が第2弾としてこの歌を「イムジン河」として発表しようとした矢先に、朝鮮総連が強烈な抗議を浴びせ、発売中止になっていたのだ。ちなみに俺はこのフォークルというグループも知らなかったが「オラが死んじまっただ~♪」は知っていた。このグループをプロデュースしたのが東芝音工(レコード会社)の辣腕ディレクターであり、俳優高島忠雄の弟であり、ビートルズを日本に誘致した高嶋弘之だった。朝鮮総連からの抗議内容は作曲者不詳、朝鮮民謡、作詞松山猛となっていたことによる。ここに朝鮮民主主義共和国と作詞者である朴世永、作曲者の高宗煥をいれるように要求したわけだ。東芝としては当時国交のなかった国の名前を出すわけにもいかず、当時の朝鮮総連の組織の強靭さからいっても太刀打ちすることもできない。そこで、発売中止に追い込まれたわけだ。その後、朝鮮総連は新しい形で「リムジン江」を左派色の強い大阪労音傘下にあるユニゾン音楽出版社から誕生させる。歌い手は早稲田大学のアマチュアバンド「ザ・フォーシュリーク」リーダーは神部和夫(歌手イルカの夫)である。30万枚は売れたらしい。それを知ったフォークル、作詞者の松山は驚きとともに「このまま葬り去られるのは絶対避けたい」との思いで小さなレコード会社ミュージックファクトリーから「イムジン河」を出したらしい。後に第3次フォークルのメンバーになった坂崎幸之助(アルフィー)はこの曲が契機になってバンドを始めたらしい。
原曲を作曲した朴世永は京畿道の出身で1948年に越北、詩人として活躍し国家を作詞している。家族を南に残してきたため、その思いが「リムジン江」に詰まっている。本来こういった内容は北朝鮮でスパイ疑惑を掛けられかねない事項であるが、詩人としてのステータス等が作用し奇跡的に世に出たという。この歌は北朝鮮では無視されたが、日本に渡っていった在日の心を鷲掴みにし、在日の間で愛されてきた。日本で発表中止となった1968年はまだ北朝鮮を好意的に報道している頃であり、日本国内で「リムジン江」や「イムジン河」が受け入れられる土壌があったこともある意味奇跡といえるだろう(今のような状況なら100%拒否される)。
2001年、リムジン江は北朝鮮で初めて公のものとなる。キムヨンジャの平壌公演である。2000年、金正日と金大中による南北首脳会談が契機となって、南北交流が一気に進んだ時期だ。(訪朝期間中に別途金正日に呼ばれて「一人だけのコンサート」をさせられたらしいが、このとき金正日はこの歌を知らず、反応もなかったらしい・・)この時、周りの人と比べ物にならないほど感銘をうけていた人がいる。蓮池薫氏である。脱北する日までこの歌が心の支えになったという。キムヨンジャがこの後日本でこの「イムジン河」を歌うことで、フォークルをしらない多くの人にも知られることになる。
日本音楽著作権協会のサイトで「イムジン河」を検索するといろんなアーチストが歌ったり演奏したりしていることがわかる。イルカ、ばんばひろふみ、ダカーポなどのフォーク歌手から渡辺香津美といったジャズギタリストなど、実に多様だ。「アジアのイマジン」という別名が業界ではついているようだ。そんな名曲の背景をつぶさに本書では伝えている。最後の一節が印象に残ったのでそのまま転機する。
「イムジン河・・それは約60年前、北朝鮮という国で始まった、一滴のしずく。源流は、長い長い、曲がりくねった隘路を歩みながら、とうとう流れる大河となった。途中で干上がったり、消えてなくならなかったのは、この歌自身が持つ魅力と共に、多くの人々の熱く、強い想いが込められているに違いない。イムジン河は希望である。過去を振りかえるのではない。この歌に、未来を託してこれからも世界中で歌い継がれてゆくだろう・・。」
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# by oritaraakan | 2017-09-03 11:52 | 読書ログ | Comments(0)  

いい感じ!

幼児教育学科とホテルブライダル学科に対する「検定後の検定授業」を実施した。正直準備はかなり悩んだが、結局遊びの要素をふんだんにいれた学習メニューを大きく3つ準備した。これが全部あたり!!!学生はかなりノリノリで取り組んでくれた^^こういうとき、教師はほんとうに力が出る。授業開始までもうカウントダウンに入った。徐々にギアを入れていこう!
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# by oritaraakan | 2017-09-01 11:58 | 徒然日記 | Comments(0)  

モチベーションアップ!

きょうはいくつかラッキーなことがあった。偶然が重なったこともあるが・・。人と言うのはそんなもんだ。ちょっとしたことでモチベーションがあがったりする。明後日の一般科目の授業は検定後のしかも複数学科の授業だから、学生のモチベーションをあげるのが大変!そんなことを目前に控えているだけに、良かった^^ さて、明日は留学生の登校日!一気に70人が登校してくる。気合いれていこ!!
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# by oritaraakan | 2017-08-29 19:17 | 徒然日記 | Comments(0)  

ケヴィン・ケリー「インターネットの次に来るもの」NHK出版

副題は「未来をきめる12の法則」とあり、原題はTHE INEVITABLE UNDERSTANDING THE 12 TECHNOLOGICAL FORCES THAT WILL SHAPE OUR FUTUREとある。INEVITABLE=不可避は結構強い言葉だ。著者は雑誌「ワイアード」の初代編集長であり、知的生産における専門家である。彼が20年前、酷評していたWIKIPEDIAが途轍もない生命力で世界を席巻していくのを見ながら、デジタル世界の浸透化、そして「弱いシンギュラリテイ」が人類にとって不可避の道になると断言している。筆者は今度30年間の世界を12の動詞(現在進行形)で表現している。この12の連続した行動が一つのうねりとなって未来を押し開いてくその過程を「不可避」と表現しているのだ。
1.BECOMING
デジタル世界においてアップグレードは健康上の予防措置であり健康法と似ている。
新オンライン世界は大きな組織でなく、ユーザーによって作られた。FACE BOOK,YOUTUBE,INSTAGRAM、TWITTERこれらの中のコンテンツは使用者の創造である。中でもグーグルは毎月900億回という検索が新しい経済を生み出す知能を作り出している。まさに我々が将来の原画を描いているというわけだ。もし何かを始めたいなら、「歴史の始め」である今が一番いいということになる。
2.COGNIFYING
いま流行の言葉で言えば「ディープラーニング」ってことになる。Iotと連動して経験から学び取り、家電、福祉、建設、玩具、スポーツなどあらゆる面でコグニファイが進み、ビックデータが形成されていく。
3.FLOWING
これからはコピーが簡単にできるようになり、その流布も容易になる。だからコピーの無料化はどんどん進んでいく。ただしそうならないものもある。例えば信用だ。信用できる相手なら追加の金額も苦にならない。信用を得るには当然ブランディングが必要だ。無料でも手に入るのに、お金を払うのはどんなものか?分析が必要だ。無料より良いものを8つあげると①即時性②パーソナライズ③解釈④信用性⑤アクセス可能性⑥実体化⑦支援者⑧発見可能性
4.SCREENING
よく活字離れといわれるが、人々が文字を読む時間は80年代に比べて約3倍になっている、2015年までにウェブには60兆ページの情報がアップされ、毎日数10億ページずつふえている。ブログには毎日8000万ページがあり、人々はペンではなく、親指を使って毎日5億もの書き込みをしている。この読みは読書というより「画面読み」である。読書の形はソーシャルにならざるをえない状況にある。ここで登場するのがユニバーサル図書館だ。人類が文字やイメージ、音声として残した記録のすべて、つまり3億1000万冊の本、14億の記事やエッセイ、1億8000万の曲、3兆5000億のイメージ、33万本の映画、10億時間の動画や短編映画、60兆のウェブページが50ベタバイトのハードディスクに収まる。このハードディスクはいずれスマホサイズになる。この膨大な情報を検索するには当然リンクとタグが必要になるが、この2つの発明は過去50年間で最も重要な発明かもしれない。この2つは繋がりの強化に大いに貢献したものだ。これから30年の間にコンピュータのアルゴリズムを使って世界中の作品をひとつのネットワーク化した文献として編みあげていくことになる。
5.ACCESSING
所有するということは昔ほど重要でなくなり、アクセスがかつてないほどに重要になってきている。アクセスするということはリアルタイムであることを意味している。「その場ですぐ」である。
今一番破壊力があるのはアップル、マイクロソフト、グーグル、フェイスブックといった多方向のプラットフォームをもつ会社だ。
ビットコインの一番重要なイノベーションは「ブロックチェーン」で、特定の銀行ではなく、脱集権化したビットコイン所有者によるデータベースである。こういったP2P方式のネットワークが今後更に増えていく。香港の学生達はこのP2Pを使って中国に監視されない独自のネットワーク「ファイアチャット」を作り出した。
6.SHARING
オンラインの大衆はシェアに積極的だ。しかも無料で提供を繰り返している。フェイスブックでは14億をこえる市民が自由にシェアを展開しており、世界最大の共同体をつくりだしている。ここで発信している人の動機は「学んで新しい技術を身に付ける」「みんなで楽しむ」といったものだ。

今後知識の無料化は進む、ただし、ボトムアップだけでも旨くいかない。ウィキのようなトップダウン制御を少し加味されたものが必要になる。まさに今がシェアの黄金時代だと言える。起業も
「キックスターター」などのクラウドファンディングを利用して資金を確保できるわけだ。このファンドは将来株式と連動する可能性が高い。また「キバ」のようにマイクロファイナンスがP2Pと連動して誰でもどこでも小額の貸付が可能な時代に既になっている。
思想や感情、金銭、健康、学位は何でも、正しい条件がそろい、ちゃんとして恩恵があればシェアされる。
7.FILTERING
50年後に飛躍するのは「新しいシェアのかたち」を見つけた会社ということになる。このシェア社会の拡大は選択肢の拡大も意味している。チャンスは広がっているというわけだ。しかし選択肢が広がりすぎて優先順位をつけるのが難しくなっている。ここで必要になってくるのがフィルタリングということになる、アマゾンがしているように、レコメンドフィルターがいろんなお勧めを出してくれる。ただこれは過剰適合による自己強化によって視野を狭められる危険性もある。だからこそ人間のアテンションが重要な位置をしめてくるわけだ。
フィルタリングの必要性が高まり続ける超潤沢社会の爆発的加速の主な要因は際限ないモノの低廉化だ。これから無料化の動きは加速する。これからの付加価値は人間の経験ということになる。
8.REMIXING
経済成長は新しい資源でなく、従来の資源の再編成で生まれる。これはあらゆる分野に通じる話である。言葉や思考や技術の組み換えである。
9.INTERACTING
伝える手段がさらに進化しVRは経験の生産工場と化す可能性が高い。
10.TRACKING
人間の健康状態などをシルには適切な情報提供が必要になる。タグやリンクで個々の各ステージのエピソードを拾い出し、必要な処方をあたえることも重要だ。出会った人、会話内容など自分でトラッキングすることになる。モノでさえ自らトラッキングするのだ。
11.QUESTIONING
アイデアがあったら、すぐ行動すべきである。あらゆる体験からバグではない疑問点をあたえる。
12.BEGINING
今後「強いシンギュラリテイ」ではなく「弱いシンギュラリテイ」が展開していく。複雑な相互依存社会の到来だ。

新しい時代の流れは「不可避」なのだ。今の時代の恩恵をしっかりと受けとめて、次の時代を生き抜こう。そのためにも自分の付加価値、経験値を分析し、何をもって社会に貢献していくのか、しっかりと見定めないといけない。こういうことを考えるとやる気でる!やったるぜい!
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# by oritaraakan | 2017-08-28 00:27 | 読書ログ | Comments(0)  

切り返しは?シュートは?

サッカー小僧の次男坊が今また、全国レベルの大きな大会に出ているのだが、終了後先輩から「お前の切り返しはワールドクラスだけど、シュートは幼稚園レベルだな!」といわれて、なぜか嬉しかったらしい!?体力的にも技術的にもチームの中でなかなか頭角を現してこれなかっただけに、切り返しの部分をほめられたのが満更でもなかったようだ」実はこの試合、J2のチームが相手だったのだ。本人は「ほぼマグレに近かった」と言っていたが、切り返しでJ2の選手2名を置き去りにしてボールをまわしたらしい。「プロもそんなに遠くない」とかまた次男坊らしい話が久しぶりに聞けた^^。まあ、がんばってくれい!
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# by oritaraakan | 2017-08-24 00:26 | 徒然日記 | Comments(0)  

久しぶりに泳ぎまくり!

今日、有給休暇をもらって、久々にプールに泳ぎにいった。もともと水泳部だったから、結構自信はあるのだが、実際50代になってこんなに泳いだのは久しぶり!50メートルプールで往復10回、つまり1000メートル泳いだところで、腕が悲鳴を上げた!「もうあがらねえ~!」ってことでストップ。いやはやちょっと情けないが、そこまでにした。日々やっていないと水泳もかなりきつくなる。もうちょっと意識的に通ってみたいなあ・・、とは思うものの、そんな時間はなさそうな感じ・・。
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# by oritaraakan | 2017-08-24 00:17 | 徒然日記 | Comments(0)  

志村洋子「色という奇跡」新潮社

「藍色の深い精神性と知性・・宇宙の摂理が言葉と同じように色彩で語られるのを待っている」
「濃紺から薄い水色までの濃淡を微妙な移り変わりで揃えると、神聖な世界が藍の色だけで立ち上がってくる。色彩のグラデーションによる聖別(境界)は他の色ではありえなく、藍にだけおこる奇跡のようだ」
こんな色の表現は自分にはできない。色彩は気にはなるが、学んでみたい気持ちはある。今回新しい発見があった。
「自然の代表色は緑であるにもかかわらず、緑色は普通、植物から出てこない。赤・橙・黄・緑・青・藍・紫の虹の7色中、緑だけが出てこない。緑は基本的に混合色である」
なんと、緑は植物から出てこないというのが常識・・そして、筆者が驚きをもって見つけた自然の緑が「中東のオリーブ」だったらしい。
「戦火に苦しむ中東にほど近い土地で育ったオリーブは、緑という「平和の色」と呼ぶのにふさわしい色をしていた」
染色を生業とする人の色に対する眼は深く鋭い。改めて色というものを認識させられた。
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# by oritaraakan | 2017-08-20 16:46 | 読書ログ | Comments(0)  

村田智明「行為のデザイン思考法」CCCメデイアハウス

「デザイナーの専売特許としてのデザインの時代は終わった。デザインは実体を俯瞰し、その情報を共有するところから始まるイノベーションツールである」
なんともそそられる文言だ。しかもテーマは「行為のデザイン」ときた。それは、「人の行動に着目し、改善点を見つけて、より良く新しい形を見つけていくデザインマネジメントの手法」なのだそうだ。いいかえると「対象をモノだけに絞らず、人や情報、環境を含んだ上で、行為がスムーズに美しく振舞われるためにどうあるべきかを考えるデザイン」ということになる。
「行為のデザイン」を考えるには必ずユーザーの時間軸を考える。なぜその行為におよぶのか?目的は何か?など一つ一つ丁寧に確認することで、あるべきプロダクトの姿はみえてくる。「行為のデザイン」には文化の見直しも視野に入ってくる。文化的背景によって行為はあきらかに違ってくるからだ。そしていよいよスタート!それはインターフェースから始まる。人・もの・情報を使って人から認知してもらい、使いたくさせる要素・仕組みは何か?もしバグがあるとしたらどこで起きるのか?このバグは普段使っているものを考えてもすぐみつかるものだ。例えば洗濯機、冷蔵庫、テレビ等、考えてみると結構おもしろいバグがある。その先に「もっとこんなサービスがあったらいい」とか「実はこういう行動をしたいのでは?」という思い付きが得られる。想像力という話になると、誰かになりきって想像してみることも重要になる。ここには「面白がる感覚」が当然必要だろう。子どもの視線だ。(そう考えるとなんかわくわくしてくる!)
想像するためにはストック(記憶)が必要なのだそうだ。著者は漏斗のような図でその記憶を表現している。縦軸に時間、横軸に記憶の容量がくる。だから当然、最近のことは漏斗の間口のように広く、過去になるにしたがって細くなっていく。ここで鍵となるのがタグだ。例えば「海」というタグをつけておけば思い出しやすいし、そのタグのバリエーションが多ければ記憶も引き出しやすく、想像力の底力ともなる。漏斗を強化する方法としては①密度の濃い体験をして専門性を高めておく②新しい分野やチャレンジによる体験を増やす③知識を蓄えること③自然にふれる機会をふやすこと なのだそうだ。(とても参考になる行動指針だと思った)
バグには以下のようなバリエーションがある。
①矛盾がある②迷い(を有む)③混乱を招く④悪循環を繰り返す⑤退化をおこす⑥精神的圧迫をあたえる⑦記憶のひきだしの誤差⑧手順のまちがい
こういった様々な視点からたくさんの発見とアイデアは現れるが、ここで膨大な情報をいったん削る必要がある。そこで必要なのが「禅の見方」である。物事の本質を選ぶのだ。スティーブ・ジョブズはこの考え方をつかっていた。最後は「どう認知させるか」というところで紹介されていたのが「アフォーダンスデザイン」これは「~たくなるデザイン」を意味している。持ちたくなる場所、口をつけたくなるモノ、見たくなる構造等、かなり広報に重要な部分だ。この本で紹介されていた具体的な例をよく分析しながら、自分の仕事や自分自身のブランディングに活かしたい。
<メモ>
○広義のデザインとは3つのプロセスをカバーすること。
1.設計思想を絞るプランニング ;行為のデザイン
2.思想をカタチにする可視化  :みんなの意見をすいあげ、コンセプトに沿って絞り込む
3.世間に存在を認知させる告知 :わかりやすいアイコンにして伝える
○デザインの語源はラテン語の「デジナーレdesignare」=「計画を記号に表す」=「問題をみつけ、それを解決するプランを立て、わかりやすいカタチにして伝える」
○歴史的な背景を大切に
背景の中にはメンバーの苦労話もはっきりいれていく
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# by oritaraakan | 2017-08-19 23:15 | 読書ログ | Comments(0)  

佐藤優・中村うさぎ「聖書を読む」文芸春秋

破天荒な人生を歩む作家中村うさぎと、キリスト教神学分野の専門家といっていい知識人佐藤が対話形式で聖書の創世記、使徒言行録、黙示録に迫っている。なかなか面白い本だった。
聖書はキリスト教の聖典ではなくて「人間学の書」特に神と悪魔はわれわれの心の中にすんでおり、いかにして救いを得られていくかということがすべてを貫くテーマになっておいる。その聖書をある意味素人の中村うさぎは疑問を投げかけ、佐藤は専門家として的確に答えていくのだが、説明の中でイスラム教の中でのイエスの位置づけ、エデンの園の原罪の捉えかたにアウグスチヌスの背景であるマニ教が大きく影響していたこと、現代におけるバベルの塔の問題、アベル・カイン問題の現代への投げかけ、パウロと池田大作の類似点など、興味深い説明がされていた。それにしても気になるのが死海文書の内容だ。戦後まもなく発見されたこの「キリスト教会をゆるがしかねない文書」はローマ法王庁の金庫に眠っている。ヘブライ語原典より1000年前の記述であり、現存の聖書の記述とも合致してしているが、イエスに関する記述がかなり詳細になっているらしく、気になる。黙示録は以前、映画「オーメン」でかなり恐怖を感じて読んでみた経験があるが、たしかに不思議な文書だし、ここからファンタジー映画の脚本家達が強く影響をうけていたことも納得できる。チェルノブイリをあらわす「苦ヨモギ」が大変な問題を起こす記述(黙示録第8章10節以降)などはゾゾッとくる内容だ。今回大阪でブリューゲルの「バベルの塔」を見に行ったこともあって、久しぶりに聖書の世界にふれてみた。前ほどではないが、やはり気になる分野ではある。
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# by oritaraakan | 2017-08-19 23:12 | 読書ログ | Comments(0)  

この国の「情けない」リーダー

期待はしていなかったが、やはり8月15日の安倍の言葉に「アジアに対する謝罪」は一言もなかった。今、日本ではあたかも「そんなことなかった」かのようなフェイクオピニオンが幅をきかせているが、アジアで犯した圧倒的な爪あとはまだそのまま放置されている。731部隊も毒ガス島の存在も学校で教えられていない。まして中国での毒ガス使用や虐殺に向き合うリーダーもいない。今日NEWS23で「ウサギ島」として知られている広島県大久野島が実は戦中「毒ガス島」であったため、地図から消されていたという内容を生き証人の証言とともに紹介されていた。ここで作られた毒ガスでたくさんの中国人が殺されている。ナチスドイツを非難できる立場に日本はいない。

https://www.youtube.com/watch?v=UP-0X2TbMQA

改めて「情けない!」と思わざるをえなかった。アジアに残した傷跡は日本がいかに歴史に向き合うかにかかっている。それは俺が実際に中国大陸と韓半島に身をおいて実感している。こういう番組はもtとやってほしい。
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# by oritaraakan | 2017-08-16 00:18 | 俺の主張! | Comments(0)  

伊東俊太郎「一語の辞典 自然」三省堂

現在、我々が使っている自然という言葉。これがどのような経緯で日本にはいって来たのか。あらゆる角度から検証している。まずこの概念の語源から考えると、ギリシャ語の「ピュシス」にぶちあたる。意味は「はえる、生長する、生成する、生成した後の状態」といった意味になるらしい。この「ピュシス」は古代ギリシャでひろく使われた。ヒポクラテスは自然治癒力に使用し、アリストテレスの「自分自身の中に運動の原理をもつもの」という意味に収斂されていく。一方、アラビアにおける自然は「タピーア」という語彙で表されるが、これは「神の刻印」という意味の言葉だ。ここでは神と一体ではない被造物としての自然として定義されている。
古代ギリシャでの「自然」は神や人間をもそのうちに包み込んだ一つの統一体としており、それがヘレニズム時代の哲学、ストア哲学にあらわれている。「ピュシス」はローマ時代にはいると、「ナートゥーラ」という言葉で引き継がれ、当初は同等の意味で扱われるが、近代西欧の自然観が築かれる17世紀科学革命の時代に変化がおこる。デカルトの「機械論的自然像」とベイコンの「自然支配の理念」である。ここで、神や生命といったものが抜け落ち、自然=延長物体・思惟という解釈が広まっていく。そして人間が自然を支配するという思考が生またというわけだ。
自然という漢字は中国から来たものであるが、本来の中国での意味とは差がある。老子のいう自然は「人為の加わらない、自ずからある状態」を示し、自然物についての意味は含まれていない。現在日本と同じ用法になっている自然は日本からの輸出語彙なのだ。これを毛沢東も著作「実践論」の中で多用している。
日本に自然という漢字が来たとき、専ら「おのずから」という意味で使われた。仏教到来にあわせ、呉音の影響で「じねん」という読み方が定着した。その後親鸞が「おのずから然らしむ」と絶対他力の境地を仏に任せるという意味に解釈しその意味的な広がりを与えた。その後江戸儒学において漢音「しぜん」が採用され、最終的に安藤昌益が宇宙全体の生命システムの中の「ネイチャー」としての自然を認識し、「人間がコントロールできない畏怖の存在」としての自然を定着させていく。決定的な役割を果たしたのは森鴎外と巌本善治の「自然と文学美術に関する論争」だったそうだ。この課程を経て「ネイチャー」としての自然が日本に定着した。
こうしてみると広辞苑にしるされているあらゆる意味記述にはちゃんとした背景が潜んでいるという話になる。言葉は深い。そしてその歴史をさぐる作業は楽しい。
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# by oritaraakan | 2017-08-15 22:56 | 読書ログ | Comments(0)  

初バイトは「主審」

昨日と今日、次男坊が主審デビュー!?を果たした。大学のサッカー部員が大分動員されたらしい。主審は初めてで随分緊張したらしいが、1ゲーム1000円だとのことで、2日で4ゲーム、4000円を稼いだとのこと。ただ、各チームのコーチから「おい!ちゃんとみろよ!」ってな感じで随分野次を飛ばされて、最初はびびったらしいが、最後には思いっきりホイッスルを鳴らしてイエローカードも出したらしい。とにかくいろんな体験をすることは良い!何事も果敢に挑戦して学んでほしい!
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# by oritaraakan | 2017-08-15 22:40 | 徒然日記 | Comments(0)  

浜松のグルメといえば・・

浜松のグルメといえば、浜松餃子じゃなくて、この「げんこつハンバーグ」 
「さわやか」という地元チェーン店の看板メニューなのだ。ここは「げんこつハンバーグ」だけじゃなくてセットメニューのパンがまたメッチャうまい!今日も大行列!1時間半待ってありつけた。家族みんな大満足だった。オイラも調子に乗って食いすぎた。明日はちょっと抑えんとあかんなあ(汗^^!)
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# by oritaraakan | 2017-08-11 22:06 | 徒然日記 | Comments(0)  

遠州灘と海の恵み

5か月ぶりの帰省。俺の夏はここに来ないと始まらない。浜松に到着してすぐに息子たちを連れていってきた。アカウミガメの産卵地である潮見坂の海岸にはアサリがたくさんいる。波打ち際で砂に潜る直前に走っていって採るのがコツ!わずか1時間でこれだけとれた。アサリバターにして食うぞ!!
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# by oritaraakan | 2017-08-11 21:50 | 徒然日記 | Comments(0)  

理事長からの宿題

現在、内閣官房レベルが水面下で押し進めようとしているアジアコミュニケーションブリッジ構想。その中に日本語学校、教師の認定制度の再編成をしようとする動きがある。いわゆるルールをきめる人たちの動きがあるのだ。そこに入った面々は日本語教育の生え抜きのエリート校ばかり!その動きに今回、理事長が運よく入ることになった。この人、本当にこういう運はもっている!人徳とか知恵はないんだけど(自爆!!)そしてもってきたのが分厚いファイル・・。先日、いきなり理事長室に呼ばれ、「この資料を読み込んで、提案書作ってみて、10枚くらいでいいから」ときた!「おいおい、自分で考えんかい!」とはいえず、「は・・まあ、やってみます」ってなことで大変な宿題を持ちかえることになった。で、今日やっと骨格ができた。久しぶりに脳みそから汗が出た感じ・・。ま、これもいいトレーニングや・・と相変わらず肯定的にとらえている。さあ、今日はおいらの勉強しよっと!
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# by oritaraakan | 2017-07-31 22:41 | 徒然日記 | Comments(0)  

林望「役に立たない読書」インターナショナル新書

「本を読めば何かが見えてくる」と思っているオレを含めた「読書信奉者」に痛烈な一発を食らわせてくれる一冊。「読書が役に立つのではない。考えることが人を成長させるのだ」ときた。反論しようがない。本物の読書には本を選ぶプロセスも重要となる。だから著者はベストセラーだの課題図書だの読書会に大いに疑問符を付けている。「そんな時間あったら、歴史をこえて検証されてきた古典を読め!」ということなのだ。俺はここにはすぐ同意したくはないが、確かに難解な本でも機が熟せばわかる場合があり、古典もそういう存在として意識しておく必要があるだろう。著者は古典が専門だが、大藪春彦のファンだというから何とも面白い。ハードボイルドを左手に、右手に源氏物語というわけだ。こういった分野を超越した集まりにロンドンの「ブルームズベリー・グループ」なんてものがあったらしい。著者はいわゆる「積読派」「数冊平行読み」で、少しだけおいらと共通した部分がある。他にはメモ魔である。論語の「造次顛沛(ぞうじてんぱい)」を実践している。荘子の「無用の用」にもあるように役に立たないものがいがいと役に立つということは多い。また「書棚は人生史である」とも言っている。俺の書棚はどうだろう?
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# by oritaraakan | 2017-07-31 00:19 | 徒然日記 | Comments(0)  

北陸日本語学校研修会

いろいろあったが、なんとか終了。全体をおえて思ったことは、みんな「ええ人」がそろっているのだが、自分で自分のフィールドを狭めている人もちらほら・・ちょっと残念な印象ももった。今回初めてマンダラートをつかったグループワークをしたのだが、まあまあの出来^^。この業界の人たちが「ゆで蛙」にならないように、意識改革をもっともっと進めるような働きかけがしたいなあ~とつくづく思った。ただ、一つ大きな成果をあげるとすると、今まで絶対しないような発言をM先生がしたことだ。「下向きなことをいっていては、自分の業界をさらに引き差げるだけ。もっとポジティブな意識をもつことから始めないと!」とトリの発表でしめてくれた。これは本当に嬉しかった^^
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# by oritaraakan | 2017-07-30 23:40 | 徒然日記 | Comments(0)  

地域自治体の納涼祭

今まで、自分の住んでいる地域の自治活動について無関心だったが、今年から自治会副会長となり、この2年間、他人事ではすまされなくなった。この新興住宅地に住みはじめて10年目にして初めて納涼祭に参加した。いや、参加ではなくて、運営主体として働かせてもらった。いやはや、大変!!企画、準備、各手配、協力依頼、肉体労働すべて密度の濃い内容だった。無事に先ほど終了したわけだが、いい経験をしたと思う。幼い頃から転勤族だったオイラの人生の中では、初めての経験なのだ。こういった地域の人々の心をつかむのは、地味ではあるが、まさに「どれだけみんなのために働いたか」だ。オイラもこの年になって初めてこういうことに身をもって気づかされた。ええこっちゃ!!次は住民運動会!しっかりとりくもう!
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# by oritaraakan | 2017-07-23 23:44 | 徒然日記 | Comments(0)